
1959年2月2日という日は、アメリカの、いや世界の音楽シーンに衝撃と悲劇を与えた日として後世、語り継がれている。
「バディー・ホリーの死」・・・若手ロックンロール・スターの第一人者として将来を最も期待されていたバディー・ホリーはツアー移動中の飛行機事故で、この日、22年間の人生に幕を下ろした。あまりにも早すぎる死。「バディー・ホリーと一緒にロックンロールも死んだ」というのは、映画「アメリカン・グラフィティ」の中のセリフの一つであるが、これは決して大げさなことではない。当時の若者は皆、そう言って彼の死を悲しんだ。
しかし「ロックンロールが死ななかった」ことは、その後の歴史が証明している。
2年あまりの短い活動期間の中で彼が残した音楽的財産=ロックンロールは、その後の数多くのロックンローラーに継承され、沢山のロックンロールの名曲とロック・スターを生み出し続けている。バディー・ホリー・フォロワーズを挙げたらきりが無いが、あのビートルズのメンバーがもっとも影響を受けたアーティストの一人として公言していることはあまりにも有名な事実である。明治維新以降、常に欧米の影響を受け続けている日本の音楽シーンにおいても、その「命」は脈々と受け継がれている。(余談であるが、「ロックンロール」という言葉が生まれたのは、1955年であると言われている。1954年にリリースされたロックンロール第一号作品と言われているビル・ヘイリーと彼のコメッツの「ロック・アラウンド・ザ・クロック」という作品が、発売翌年の1955年に映画「暴力教室」のサウンド・トラックとして取り上げられ大ヒットし、時のスターDJであった、アラン・フリードが彼のラジオ番組でこの楽曲の曲紹介の際に、「ロックンロール!!!」と叫んだのが始まりと言われている。ちなみに「ロックンロール」は造語である。)バディー・ホリーの死からちょうど50年の今年、この日本で、その「命」を受け継いだ作品がまた一つ生まれた。
松井常松の久々のアルバム『RAVE ON』である。
松井常松は1960年生まれであり、バディー・ホリーの直接の洗礼は受けていない世代のミュージシャンであるが、彼が聴いてきた、体験してきた数多くの音楽作品の中にバディー・ホリーの遺伝子が散りばめられていたことは、彼の代名詞でもある「ダウン・ピッキング奏法」がそのことを証明していると言えるであろう。
この10月に発売された彼の20周年記念アルバム「HORIZON」の中で久々に解禁された「ダウン・ピッキング」が、このニュー・レコーディング・アルバム『RAVE ON』の中では、まさに全編で炸裂している。この数年の「封印」の鬱憤を晴らすかのように。
このアルバムの収録曲は全て「ロックンロール」のカバーである。アルバム・タイトルでもあり、このアルバムを象徴する作品である「RAVE ON」はバディー・ホリーの作品であり、その後、ニッティ・グリッティ・ダート・バンドが1970年に発表した名盤「アンクル・チャーリーと愛犬テディ」の中でカバーしているが、松井常松バージョンはこのニッティ・グリッティ・ダート・バンドのロック・テイスト溢れるバージョンを踏襲している。
バディー・ホリー自身の作品としてはその他にも彼の代表曲の一つである「MAYBE BABY」や「EVERY DAY」なども取り上げているが、更に興味深いのは、元トラフィックのデイヴ・メイソンが1975年に発売したアルバム「SPLIT COCONUT」の中で、レゲエ・アレンジでカバーした「CRYING WAITING HOPING(邦題:「恋のまちぼうけ」)」を取り上げていることである。松井常松はPOP感溢れるバンド・サウンドで新しい命を吹き込んでいる。
また、2月2日の飛行機事故で一緒に命を落とした、リッチー・ヴァレンス(「ラ・バンバ」の大ヒット曲で有名)の1958年にリリースされたヒット曲である「C’MON LET’S GO」(この曲はその後、マッコイズ(「HANG ON SLOOPY」などのヒット曲を持つ)というグループにより1966年にカバーされ、再び大ヒットし、更に何とラモーンズによってもカバーされているロックンロール・クラシックの名曲である)を取り上げていることはとても意味深いことである。
その他にも、バディー・ホリー・フォロワーズである、トミー・ロウの大ヒット曲「SHEILA」や、ボビー・フラー・フォーの「I FOUGHT THE LAW」、そしてこのアルバムの中でもっともロック・テイスト溢れる作品「DEVIL WITH THE BLUE DRESS ON」はミッチー・ライダー&デトロイト・ホイールズの大ヒットとして有名であるが、ブルース・スプリングスティーンもライブで取り上げるなど、ライブ感溢れる作品であり、松井常松のダウン・ピッキングが思いっきりフィーチャーされており、ライブ・パフォーマンスが最も期待される1曲である。「DO YOU WANNA DANCE」は元々ボビー・フリーマンが1958年にヒットさせたロックンロール・ダンスナンバーであるが、1965年にビーチボーイズが発表したアルバム「TODAY」での、コーラス・ワークをフィーチャーしたバージョンが有名であり、松井常松は更に、バンド・サウンドとコーラス・ワークを融合させたバージョンへと進化させている。そしてこのアルバムの中で唯一の、マイナー・メロ楽曲である「KEEP SEARCHIN’(WELL FOLLOW THE SUN)」(邦題:太陽を探せ)は、デル・シャノン(「悲しき街角」の大大大ヒットで超有名)の1964年のヒット曲であるが、松井常松の音楽的センスがキラリと光る秀逸な作品に仕上がっているキラーチューンである。
このアルバムで特筆すべきことが二つある。ひとつは前にも述べたが、数年封印してきたベース・プレイ=奇跡のダウン・ピッキングを再開、炸裂させていることである。「8ビート」の魅力が満載されたロックンロール・アルバムであり、BOΦWY時代を彷彿させるプレイに血湧き、肉躍ること間違いなし。もうひとつは、コーラス・ワークを多用した「ボーカル」の魅力である。松井常松の「ボーカリスト」としての魅力を再発見することも間違いなし。ベース・プレイとボーカルとバンド・サウンドが三位一体となったこのアルバムは、ロックンロールの歴史に新しい1ページを記す。カバー・アルバムを超えた、松井常松の新しい「オリジナル作品」である。すべてのロックンロール・ファン、音楽ファン、BOΦWYファンに聴いてもらいたい作品である。(子安次郎)
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